サンドロ・ボッティチェリの作品The Works of Sandro Botticelli
サンドロ・ボッティチェリの作品は、長く「甘美で装飾的な神話画の作者」というイメージで語られてきた。だが、赤外線リフレクトグラフィー(IRR)、

- 純白の地塗りを光源にした「線の魔術師」だった。 ボッティチェリは、動物
膠 を接着材とした石膏 (ジェッソ)を10層以上重ねて研磨 し、アイシングシュガーのように平滑 で純白の表面をつくった。この地塗りが、半透明な絵の具の層を通した光を内部から反射させ、画面が発光しているかのような透明感を生む。彼の代名詞である流麗な輪郭線は、この光る白の上に立ち上げられている。 - 甘美な画面は、緻密な設計と修正の産物だった。 赤外線調査は、木炭による下絵、金属尖筆で刻んだ遠近法の線刻、原寸下絵の輪郭に沿って炭粉を叩き込む粉打ち(スポルヴェロ)、そして描き直しの痕跡(ペンティメンティ)を次々と可視化してきた。テンペラは修正が難しいと言われるが、彼はボタンや肩の輪郭を何度も探り直しながら描いていた。
- 時代の思想と政治が作品を動かした。 メディチ家のパトロネージと新プラトン主義の哲学は《春》や《ヴィーナスの誕生》を生み、修道士サヴォナローラの終末論は晩年の《神秘の降誕》で数学的遠近法の放棄と中世的表現への回帰をもたらした。作品はフィレンツェの文化と政治のうねりを映す鏡でもある。
サンドロ・ボッティチェリの作品を読む
ボッティチェリの絵の前に立つと、まず輪郭線の優美さと、画面がほのかに発光しているかのような透明感に目を奪われる。だがその美しさは、天賦の才が一気に生み出したものではない。純白に磨いた地塗り、尖筆で刻んだ直線、粉で転写した図像、探るように直された輪郭、そして絵の具を塗り残して光を残す判断──幾層もの技術と選択の果てに、あの流麗な画面は構築されている。本記事は、非破壊科学が明らかにしたその制作プロセスを起点に、代表的な作品を主題別・技法別にたどる。まずは、彼の作品がたどった数奇な評価の歴史から始めたい。
忘却 と再評価 ── 作品世界の輪郭
サンドロ・ボッティチェリ(本名アレッサンドロ・ディ・マリアーノ・ディ・ヴァンニ・フィリペピ、1445年頃–1510年)の作品を理解するうえで、まず押さえておきたいのは、その評価が劇的に上下したという事実である。生前はメディチ家の
その眠りを覚ましたのが、19世紀後半のイギリスだった。批評家ジョン・ラスキンやウォルター・ペイター、そしてラファエル前派の画家たちが、彼の作品に漂う「線的な優美さ」と「メランコリックな精神性」を見いだすと、ボッティチェリはヨーロッパの知識人のあいだでカルト的な人気を博し、やがて西洋における女性美の原型(アーキタイプ)として世界的な名声を確立していった。今日われわれが《ヴィーナスの誕生》や《春》に感じる魅力の多くは、この再評価の眼を通して形づくられたものでもある。
彼が遺した作品は、ウフィツィ美術館の神話画から、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの祭壇画、各地に散った聖母子像や肖像画まで幅広い。重要なのは、この作品群が「甘美な装飾」の集積ではないことだ。流麗な輪郭線も発光するような色彩も、光学と化学と幾何学の知識を動員して構築された、人工の秩序である。以下の章では、その秩序の内実を、支持体と地塗りという物質のレベルから順にたどっていく。

支持体 と地塗り ── 光る白の基盤
ボッティチェリの技法は、14世紀末にチェンニーノ・チェンニーニが著した『絵画術の書』に記された中世以来の厳格な伝統を土台としている。作品の大部分は、イタリア・ルネサンス期に最も標準的だったポプラ材の板(パネル)を支持体とする。サザビーズで詳細な科学調査が行われた《円形画を持つ青年の肖像》の支持体も、木目が垂直に走るポプラの一枚板だった。
興味深いのは、彼が完全無欠の木材にこだわらなかった点だ。この青年像のパネルにはX線撮影で2つの節(ふし)が確認されており、同様の欠陥はヴィクトリア&アルバート博物館の《スメラルダ・バンディネッリ》など他作にも見られる。パネルは後年の額装変更や展示環境への適合のために加工されることも多く、この青年像は厚さ約16ミリまで削られ、縁の切断痕から少なくとも2段階のトリミングが行われたと分かっている。
表面には、動物膠を接着材とした石膏(ジェッソ)の地塗りが多層に施された。まず木目の凹凸を埋める粗い「ジェッソ・グロッソ」を塗り、その上に水で消和した細かい「ジェッソ・ソッティーレ」を10層以上重ねて研磨する。こうして、アイシングシュガーのように平滑で光を反射する純白の面がつくられた。この白い地塗りこそ、後の描画で内部から発光するような効果(ルミノシティ)を生む、極めて重要な光学の基盤である。
純白のジェッソは単なる下地ではない。半透明の絵の具を透過した光を反射して返す「光源」として機能する。ボッティチェリの透明感は、この光る白の上に成り立っている。

キャンバスという例外
板が主流だったボッティチェリの画業のなかで、美術史的に重要な例外がある。ウフィツィ美術館の《ヴィーナスの誕生》(1485年頃)だ。約172.5×278.5cmという巨大なこの神話画は、板ではなくキャンバス(
本作は2枚の帆布を縫い合わせた上に描かれ、地塗りの技法も板絵とは異なる。板絵で肌に用いられる緑色(テッラ・ヴェルデ)の下層塗りを施さず、代わりに青みを帯びたジェッソを使っている。この選択は、柔らかい支持体への顔料の定着を高めると同時に、神話にふさわしい現実離れした冷ややかな光沢を画面全体に与えることに貢献している。
同じ時期、ボッティチェリはもう一点、キャンバスへ描いた大作を手がけている。《パラスとケンタウロス》である。武装した女神が半人半馬のケンタウロスを従える寓意画で、こちらもテンペラをキャンバスに用いる。板からキャンバスへという支持体の選択は、単なる材料の都合ではなく、大画面の神話画・寓意画という新しい主題と、それにふさわしい質感を求めた結果でもあった。

下絵・線刻 ・スポルヴェロ
磨き上げた純白のジェッソの上に、ボッティチェリはまず木炭で構図の当たりをつけた。木炭は構図を定め、フォルムを特定するための伝統的な手段である。炭を軽く払ったのち、インクで線をなぞり、金箔を貼る領域や主要な人物の配置を決めていった。
構図を正確にパネルへ移すために用いられたのが「スポルヴェロ(粉打ち)」だ。原寸大の下絵(カルトーネ)の輪郭に沿って細かい穴を開け、そこへ炭の粉を叩きつけて図像を転写する。《スメラルダ・バンディネッリ》では、この粉打ちの痕跡が赤外線分析で確認されている。同作でボッティチェリは、衣服のひだを大まかに決めるために液体によるスケッチを行い、その上に炭素を多く含むウォッシュをかけて陰影のボリュームを表現していた。
建築物や幾何学的な要素には「線刻」という物理的な手法が使われた。金属製の尖筆(スタイラス)や定規でジェッソ層に直接線を刻み、遠近法の消失点や建築の直線を正確に決める。《円形画を持つ青年の肖像》では、背後の窓枠や棚の直線が定規で刻まれ、手にする円形画の完全な円はコンパスで引かれた痕跡が明瞭に残る。建築のなかに人物を配する《受胎告知》のような主題でも、床のタイルや柱の遠近法を支えるのは、こうした目に見えない刻線である。

ペンティメンティ ── 描き直しの痕跡
テンペラは乾燥が速く修正が難しいと一般に考えられている。ところが赤外線リフレクトグラフィーは、ボッティチェリが描画の途中で構図を何度も微調整していた「ペンティメンティ(描き直し)」の存在を明らかにしている。彼の明晰な視覚と確かなデッサン力は、事前の綿密な計画だけでなく、描きながらの柔軟な修正によっても支えられていた。
《円形画を持つ青年の肖像》では、青年のチュニックのボタンの位置が最終的に約1.5センチ動かされ、肩の輪郭線や顎、首、腰のラインも探るように何度も直されている。《スメラルダ・バンディネッリ》の絵の具層の下にも、左腕の高さが変更された痕跡や、手のなかの布が後から描き加えられた形跡が残る。完成した画面の静けさからは想像しにくいほど、制作の現場は試行錯誤に満ちていたのである。
こうした修正の柔軟さは、ボッティチェリの肖像画が示した革新とも響き合う。ロンドン・ナショナル・ギャラリーの《青年の肖像》は、それまで横顔か斜め四分の三が主流だった肖像の慣習を破り、顔を正面から捉えた稀有な作例だ。真正面の顔は当時、私的な祈りに用いるキリスト像に多く用いられた構図であり、生身の青年をこの角度で描くことは大胆な選択だった。計画と修正を往復しながら、彼は肖像表現そのものを更新していった。

テンペラと油彩の使い分け
15世紀後半のフィレンツェは、伝統的な卵テンペラから、フランドル発祥の油彩へと移行する劇的な過渡期にあった。ロンドン・ナショナル・ギャラリーの技術紀要が公表した、FTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)とGC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析)を用いた研究により、ボッティチェリの工房における媒材の使い方が、極めて複雑かつ洗練されていたことが証明された。
かつて「純粋な卵テンペラ」と思われていた作品の多くで、画家は目的とする視覚効果に応じて卵と油を使い分けていた。明るく不透明な層(空や肌のハイライト、下層塗り)には、速乾性があり経年変色しにくい卵テンペラを用いる。一方、暗い色面や深い透明感が求められる最終的なグレージング(仕上げの透明な層)には、亜麻仁油やクルミ油などの乾燥油を使う。ナショナル・ギャラリーが所蔵する《東方三博士の礼拝》の各パネルでも、明るい色調には卵テンペラが、暗い色調や最終のグレーズには油彩が用いられている。
一部の作品では、卵と油をあらかじめ混ぜ合わせた「テンペラ・グラッサ」の可能性も指摘されている。つまりボッティチェリは、テンペラか油彩かという二者択一ではなく、両者の性質を熟知したうえで、明部・暗部・透明層それぞれに最適な媒材を配していた。甘美な色面の背後には、こうした化学的な判断の積み重ねがある。

顔料 とルミノシティ
ボッティチェリの色彩は、限定されたパレットから最大限の透明感と輝きを引き出すよう設計されている。近年の蛍光X線(XRF)スキャンやラマン分光法は、その顔料の選択と重ね方を微視的なレベルで解明してきた。主要な顔料には、アフガニスタン産の半貴石ラピスラズリを原料とする高価で鮮烈な青「ウルトラマリン」、有機染料を無機質のベースに定着させた透明な赤「レッド・レキ」、鉛と錫の酸化物による明るい黄色「鉛錫黄」、銅塩と樹脂を加熱してつくる透明な緑「銅樹脂」などがある。
彼の発光性は、その層構造に由来する。ジェッソの上に、顔料・卵・少量の油を混ぜた白い下塗り「インプリミトゥーラ」を施し、この層が半透明な顔料を透過した光を反射して返す。《円形画を持つ青年の肖像》の指や顎のハイライトは、上層に明るい絵の具を塗って表したものではない。画家は輪郭の数ミリ手前で筆を止め、反射性の高い下塗りを意図的に「塗り残す」ことで、光を生み出しているのである。
肌の描写では、性別や年齢によって技法を使い分けた。男性の肌には伝統的なキアロスクーロ(明暗法)のベースを用いて立体感を強調する一方、女性や青年の肌には暗い下塗りを避け、純白の地塗りを活かして極限の透明感を追求する。顔料は極めて細かく粉砕され、下層が乾ききる前に純色を薄く均一に重ねるという技術的に困難な手法によって、層を融合させつつ最大限の
ボッティチェリのハイライトは「足す」のではなく「残す」ことで生まれる。輪郭の手前で筆を止め、光る下塗りをそのまま見せる。この引き算の判断が、あの内部からにじむような明るさを支えている。

《春(プリマヴェーラ)》── 新プラトン主義の寓意
ウフィツィ美術館のボッティチェリ・ルームで《ヴィーナスの誕生》と向かい合って展示される《春(プリマヴェーラ)》(1480年頃)は、西欧美術における神話画の最高峰の一つである。暗いオレンジの木立のなかで、春の到来を告げる9人の神話の登場人物──ゼピュロス、クロリス、フローラ、ヴィーナス、キューピッド、三美神、メルクリウス──が優雅な舞いを繰り広げる寓意画だ。
驚くべきは植物描写の正確さである。画面に描かれた植物は、少なくとも42種(14種の緑葉植物、28種の
長らく《春》と《ヴィーナスの誕生》は「対(ペンダント)」としてメディチ家のカステッロ別荘のために制作されたと考えられてきた。しかし1975年に見つかった1499年の財産

《アペレスの誹謗 》── 古代の復元と政治的隠喩
1494〜95年頃に描かれた《アペレスの誹謗》(ウフィツィ美術館蔵)は、62×91cmという小型の板絵で、ボッティチェリの世俗画の最後を飾る作品と考えられている。主題は、紀元前4世紀の古代ギリシャの巨匠アペレスが、不当な陰謀の罪でプトレマイオス王に告発された際、自らの無実と怒りを表すために描いたとされる、失われた寓意画の「復元」である。ボッティチェリは、古代の著述家ルキアノスによる詳細なテキスト記述をもとに、この劇的な情景を視覚化した。
画面は右から左へと読み解かれる。右手の玉座には、ロバの耳(無知と強欲を象徴するミダス王の暗示)を持つ王が座し、両脇から「無知」と「
この小品は、依頼主のためというより、ボッティチェリ自身のために描かれた可能性が高い。ドミニコ会修道士サヴォナローラが神権政治を敷き、やがて火刑に処されるという、混迷を極めたフィレンツェの政治状況への批判、あるいは画家自身や親しいパトロンに向けられた何らかの告発への私的な感情の吐露だと広く推測されている。

《神秘の降誕》── 晩年の中世回帰
ボッティチェリの晩年を象徴する《神秘の降誕》(1500年頃、ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵)は、サヴォナローラの終末論的な説教と
この作品では、ルネサンス芸術が築いてきた数学的な遠近法や自然主義が意図的に手放されている。画面中央の聖母マリアは周囲の人物より極端に大きく描かれており、これは中世美術に特徴的な「ヒエラルキー的プロポーション(重要度に応じて大きさを決める描き方)」への回帰である。空間の合理的な奥行きよりも、聖なるものの重みを優先する選択と言える。
前景では天使と人間が歓喜の抱擁を交わし、悪魔たちが岩の隙間へ逃げ去る。単なるキリスト降誕の情景を超えて、黙示録的な世界の救済という激しい感情と宗教的確信が込められている。若き日に《春》で見せた優美な均衡から、晩年のこの燃えるような信仰表現へ──ボッティチェリの作品の振れ幅の大きさが、ここに凝縮されている。

「ロセッティの赤毛」神話の解体
ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)が所蔵する《知られざる女性の肖像(スメラルダ・バンディネッリ)》(1470〜75年頃)は、19世紀のルネサンス復興で決定的な役割を果たした作品である。1867年、ラファエル前派の画家ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティは、クリスティーズのオークションでこの絵をわずか20ポンドで落札し、さらに4ポンドを払ってクリーニングを依頼した。
購入の3日後、ロセッティは秘書のチャールズ・オーガスタス・ハウエル宛ての手紙に、頭飾りを修復しているが誰にも言うつもりはない、と書き記した。ロセッティ自身が赤毛の女性を偏愛し、自作のモデルにも赤毛を多用していたことから、後世の美術史家や鑑賞者は長らく「この肖像の印象的な赤毛は、ロセッティが後から描き加えた改ざんだ」と信じて疑わなかった。
しかし2015年、V&Aの保存修復チームが、2016年の展覧会「Botticelli Reimagined」に向けた修復を行った際、この神話は覆された。19世紀中頃に塗られ黄変していた厚いニス層を慎重に取り除くと、オリジナルの絵の具層は想像以上に良好に保存されていた。媒材分析により、髪の毛は間違いなく15世紀のテンペラ技法で描かれ、その鮮烈な赤毛はボッティチェリ自身の筆によるオリジナルだと科学的に証明されたのである。ロセッティが実際に手を入れていたのは、顔の一部と白い帽子のみだった。この発見により、ボッティチェリが初期ルネサンスの段階ですでに燃えるような赤毛の美を追求していたことが明らかとなり、彼の名誉は1世紀半の時を経て回復された。

フランドルからの衝撃
ボッティチェリらフィレンツェの画家たちの作風の変化を語るうえで、1483年にフィレンツェのサンテジディオ教会へ到着した一枚の巨大な祭壇画を欠かすことはできない。メディチ銀行ブルージュ支店長トンマーゾ・ポルティナーリが発注した、フランドルの巨匠フーゴー・ファン・デル・グースによる《ポルティナーリ祭壇画》(1474-76年頃、ウフィツィ美術館蔵)である。
油彩の半透明なグレーズを駆使したこの三連祭壇画は、フィレンツェの美術界に大きなセンセーションを巻き起こした。中央パネルの『羊飼いの礼拝』では、美化されることなく風雨に晒された労働者としての羊飼いたちの赤裸々な表情や深いシワ、そして前景に置かれたガラスの花瓶やオダマキ、カーネーションといった静物の驚異的な質感描写と、キリスト教的象徴の融合が示された。それはイタリアの画家たちにとって未知の領域だった。
ボッティチェリ自身も、この祭壇画の圧倒的な細部描写と心理的洞察に深く影響を受けたとされる。現在ウフィツィ美術館のボッティチェリ・ルームで、彼の優美な神話画と向かい合う形でこのフランドルの傑作が展示されているのは、この直接的な美術史の対話を強調するためである。イタリアの線とフランドルの質感──二つの伝統が出会った場所として、この一室は特別な意味を持っている。

研究の系譜 ── 線を見つめた眼
死後忘れ去られていたボッティチェリの評価を現代のレベルへ引き上げたのは、19世紀末から20世紀にかけての記念碑的な論文やモノグラフである。1870年、イギリスの批評家ウォルター・ペイターは『ルネサンス』のなかでボッティチェリ論を発表し、作品に漂う「メランコリー」と「異教とキリスト教の境界にある詩情」を絶賛して、ラファエル前派による再評価の理論的支柱となった。
学術的な基盤を築いたのが、ドイツの美術史家アビー・ヴァールブルクが1893年に発表した博士論文『ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」と「春」』である。ヴァールブルクは、神話画における衣服の翻りや髪を揺らす風の描写(ニンファのモチーフ)を、単なる装飾ではなく、古代の情念の表現定型(パトスフォルメル)の再生と論じ、イコノロジー(図像解釈学)という新しい学問の扉を開いた。このアプローチは、エドガー・ヴィントやエルンスト・ゴンブリッチへと引き継がれていく。
国際的な研究史のなかで、日本の美術史家・矢代幸雄(1890-1975)の業績は特筆に値する。イタリアで

LIST / 一覧主要作品一覧
本記事で取り上げた作品を中心に、ボッティチェリの代表作を年代・形式・技法・所蔵とともにまとめる。年代は諸説あるため、主要な所蔵館・研究の表記に基づく目安である。
| 作品名 | 制作年 | 形式・技法 | 特記事項 | 所蔵・公開 |
|---|---|---|---|---|
| ヴィーナスの誕生(The Birth of Venus) | 1485年頃 | キャンバスにテンペラ | 板が主流のなかでの帆布への挑戦。青みのジェッソ地 | ウフィツィ美術館 |
| 春/プリマヴェーラ(Primavera) | 1480年頃 | 板にテンペラ | 42種以上の植物。新プラトン主義的寓意 | ウフィツィ美術館 |
| パラスとケンタウロス(Pallas and the Centaur) | 1482年頃 | キャンバスにテンペラ | 理性が獣性を制する寓意。大画面の帆布作 | ウフィツィ美術館 |
| マニフィカトの聖母(Madonna of the Magnificat) | 1481年頃 | 板にテンペラ/円形画 | 途切れない輪郭線が際立つトンド | ウフィツィ美術館 |
| 円形画を持つ青年の肖像(Young Man Holding a Roundel) | 1480年頃 | ポプラ材にテンペラ | 科学調査で線刻・塗り残し・描き直しが判明 | 個人蔵 |
| 青年の肖像(Portrait of a Young Man) | 1483年頃 | 板にテンペラ | ボッティチェリ唯一の正面肖像 | ロンドン・ナショナル・ギャラリー |
| 受胎告知(The Annunciation) | 1485年頃 | 板に金地・テンペラ | 小型の私的礼拝画。床の遠近法 | メトロポリタン美術館 |
| ヴィーナスとマルス(Venus and Mars) | 1485年頃 | 板にテンペラ | 限定パレットによる色彩設計 | ロンドン・ナショナル・ギャラリー |
| 東方三博士の礼拝(The Adoration of the Kings) | 1470–75年頃 | 板/円形画 | 明部に卵、暗部に油の使い分け | ロンドン・ナショナル・ギャラリー |
| アペレスの誹謗(Calumny of Apelles) | 1494–95年頃 | 板にテンペラ | 世俗画の最後。古代の失われた絵の復元 | ウフィツィ美術館 |
| 神秘の降誕(Mystic Nativity) | 1500年頃 | キャンバスに油彩 | 唯一の署名作。遠近法の放棄 | ロンドン・ナショナル・ギャラリー |
| スメラルダ・バンディネッリ(Portrait of a Lady) | 1470–75年頃 | 板にテンペラ | 「ロセッティの赤毛」神話を科学分析が解体 | ヴィクトリア&アルバート博物館 |
| ヴィーナスと三美神(Villa Lemmi fresco) | 1483–86年頃 | フレスコ(キャンバスに移設) | 線と色だけで美を構築 | ルーヴル美術館 |
作品を成り立たせた技術的条件
| 項目 | 内容 | 作品への効果 |
|---|---|---|
| 多層のジェッソ地塗り | 粗いグロッソの上に細かいソッティーレを10層以上重ね研磨 | 純白で平滑な発光の下地をつくる |
| 木炭下絵 | 構図とフォルムの当たりを軽くつける | 修正の余地を残した緩やかな設計 |
| スポルヴェロ(粉打ち) | 原寸下絵の輪郭の穴から炭粉を叩き転写 | 図像を正確にパネルへ移す |
| 線刻(インチジオン) | 尖筆・定規・コンパスでジェッソに直接刻線 | 遠近法・建築・円の正確な決定 |
| ペンティメンティ | 描画途中の輪郭・位置の描き直し | 探るような柔軟な構図調整 |
| テンペラと油彩の併用 | 明部に卵、暗部・グレーズに乾燥油 | 明度と透明感の両立 |
| インプリミトゥーラ+塗り残し | 反射性の白い下塗りを残して光を表す | 内部からにじむようなハイライト |
限定パレットを支えた顔料
| 主要顔料 | 化学的特性・表現効果 | 作品における適用例 |
|---|---|---|
| ウルトラマリン | ラピスラズリ由来の高価で鮮烈な青 | 青年像の手すり部で鉛白・黒と混色。聖母の外套の透明層 |
| レッド・レキ(Red Lake) | 有機染料を無機ベースに定着させた透明な赤 | 黒と混ぜ、線影と擦り込みで衣の暗い紫を構築 |
| 鉛錫黄(Lead-tin yellow) | 鉛と錫の酸化物による不透明で明るい黄 | 装飾的な細部やハイライトの表現 |
| 銅樹脂(Copper resinate) | 銅塩と樹脂を加熱してつくる透明な緑 | 油を媒材にした風景・衣の深い緑のグレーズ |
| 鉛白/炭素黒 | 高い隠蔽力の白と、炭素系の黒 | 灰色の建築を、比率を変えた混色のみで流動的に表現 |
REFERENCES / 出典参考文献
作品研究・技法研究
- The Materials and Making of Botticelli’s Young Man Holding a Roundel — Sotheby’s https://www.sothebys.com/en/articles/the-materials-and-making-of-botticellis-young-man-holding-a-roundel
- Botticelli – Emulsion tempera: “tempera grassa” — ARTEnet https://artenet.it/botticelli-emulsion-tempera/
- Analyses of Paint Media: New Studies of Italian Paintings of the Fifteenth and Sixteenth Centuries — The National Gallery, London(Technical Bulletin) https://www.nationalgallery.org.uk/research/publications/technical-bulletin/analyses-of-paint-media-new-studies-of-italian-paintings-of-the-fifteenth-and-sixteenth-centuries
- New scientific research dispels myths surrounding portrait(スメラルダの科学分析) https://m-news.artron.net/20150831/n774449.html
- Rossetti didn’t paint Botticelli lady’s hair red — The History Blog http://www.thehistoryblog.com/archives/38126
一次資料・作品資料
- The Birth of Venus — Gallerie degli Uffizi https://www.uffizi.it/en/artworks/birth-of-venus
- Spring(Primavera)— Uffizi Galleries https://www.uffizi.it/en/artworks/botticelli-spring
- Calumny of Apelles — Uffizi.it https://www.uffizi.it/en/artworks/calumny-botticelli
- Sandro Botticelli, Portrait of a Young Man(NG626)— The National Gallery https://www.nationalgallery.org.uk/paintings/sandro-botticelli-portrait-of-a-young-man
- Sandro Botticelli, Venus and Mars(NG915)— The National Gallery https://www.nationalgallery.org.uk/paintings/sandro-botticelli-venus-and-mars
- Portrait of a Lady known as Smeralda Bandinelli — V&A https://collections.vam.ac.uk/item/O17317/portrait-of-a-lady-known-painting-botticelli-sandro/
研究史・図像学
- Aby Warburg and Edgar Wind — Edgar Wind Journal https://www.edgarwindjournal.eu/aby-warburg-and-edgar-wind/
- A Japanese Critic on Botticelli: Fragmentation and Universality in Yashiro’s 1925 Monograph — Academia.edu https://www.academia.edu/38112995/
- Yashiro and Berenson — I Tatti (Harvard) https://yashiro.itatti.harvard.edu/
- Sandro Botticelli: master of the Florentine Renaissance — Art UK https://artuk.org/discover/stories/sandro-botticelli-master-of-the-florentine-renaissance
デジタルアーカイブ(Wikimedia Commons 主要ファイルページ)
- Category:Paintings by Sandro Botticelli — Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Paintings_by_Sandro_Botticelli
- File:Sandro Botticelli – La nascita di Venere – Google Art Project.jpg https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sandro_Botticelli_-_La_nascita_di_Venere_-_Google_Art_Project.jpg
- File:Sandro Botticelli – La Primavera – Google Art Project.jpg https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sandro_Botticelli_-_La_Primavera_-_Google_Art_Project.jpg
- File:Botticelli, calunnia 01.jpg https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Botticelli,_calunnia_01.jpg

コメント