エドガー・ドガの作品The Works of Edgar Degas: Material, Technique and Science
エドガー・ドガの作品は、しばしば「印象派の一員が描いた優美な踊り子」として消費されてきた。しかし、その画面に近づいて素材と技法を精査すると、まったく別の像が立ち上がる。チューブの絵具から油分を抜き取ってマットな質感を得る「パンチュール・ア・レサンス」、友人の秘密の定着液と沸騰した湯の蒸気でパステルを何層にも積み上げる手法、黒く塗りつぶした版から指でインクを拭き取って光を彫り出すダークフィールド・モノタイプ、そして蜜蝋に本物のチュチュと人毛を組み合わせた彫刻。ドガはメディアの境界を解きほぐし、古典主義的なデッサンの基礎の上に、きわめて前衛的な近代精神を築いた。近年はシンクロトロンや蛍光X線分析といった非破壊科学が、絵具の下に隠れた別の肖像や、彼の執拗な描き直しの痕跡まで可視化しつつある。この記事では、ドガの作品を素材・技法・科学・逸話の四つの軸から読み解いていく。
- メディアの境界を解いた「アトリエの錬金術師」だった。 ドガは単一の画材に頼らず、油彩・パステル・版画・彫刻を混ぜ合わせた。油絵具から油分を抜いてマットな質感を得るレサンス、定着液と蒸気で積層するパステル、指でインクを拭き取るモノタイプ。素材そのものを実験の対象とし、新しい視覚的・触覚的効果を生み出した。
- 科学分析が「見えない絵画」を可視化しつつある。 シンクロトロンによる蛍光X線分析は、《女性の肖像》の絵具の下に、上下逆さまに描かれた別のモデルの肖像をフルカラーで復元した。X線調査は《ダンス教室》の大幅な描き直しも明らかにしており、完成後もなお生成変化し続けるドガの制作プロセスが浮かび上がっている。
- 写真と浮世絵で「視覚」そのものを拡張した。 マイブリッジの連続写真で疾走する馬の脚の真の姿を学び、浮世絵の大胆なトリミングと俯瞰構図を取り込んだ。ドガにとって光学装置や異文化の美学は、人間の眼の限界を越え、画面の空間構成を組み替えるための道具だった。
エドガー・ドガの作品を読む
ドガの作品を理解する鍵は、主題よりもむしろ「どう作られたか」にある。彼は生涯を通じて、既存の画材の制約を破るための実験を重ねた。マットな質感、多層のパステル、黒から彫り出す光、本物の衣装をまとった蝋の少女。本記事は、こうした素材と技法の探求を出発点に、近年の科学的分析が明かした新事実や、作品にまつわる逸話をたどりながら、ドガの作品世界を読み解いていく。まずは、彼が初期から用いた独自の油彩技法から見ていきたい。
パンチュール・ア・レサンス ── 油分を抜いた絵具
ドガが初期から中期にかけて多用した独自の油彩技法に「パンチュール・ア・レサンス(peinture à l’essence)」がある。これは、チューブから絞り出した油絵具をいったん吸い取り紙の上に置き、バインダーである亜麻仁油などの油分を吸収させて抜き取り、代わりに揮発性の高いテレビン油(エッセンス)で溶き直して描く手法である。
この技法によって、油彩特有のテカりや乾燥の遅さが抑えられ、フレスコ画やパステルのようなマットな質感と、水彩のような流動性が得られた。ドガはこれをボール紙や紙の上に直接塗ることで、絵具の層が濁ることなく素早く重なり合う効果を生んだ。ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵する《浜辺の情景》(1869年頃)は、この技法の代表例である。海水浴を終えた少女の髪を女中が梳く情景を、薄く延ばした絵具でさらりと描いている。
もっとも、顔料を画面に定着させるための油分を意図的に抜き取る行為は、結果として絵画の構造的な強度を損なうことにもなった。紙やボール紙の上に薄く塗られた顔料は剥落しやすく、後世の修復家や保存科学者にとって、レサンス作品の取り扱いはきわめて難しい課題となっている。素材の限界に挑むこと、それ自体がドガの作品の宿命でもあった。
パステルの再定義 ── 秘密の定着液、蒸気、光学的混合
フランス革命以降、パステルは油彩の影に隠れた二次的な画材と見なされていた。ドガは、このパステルを近代的な主要メディアとして完全に蘇らせた。彼はパステルを単なる素描の道具としてではなく、色彩の層を積み上げるための絵画的素材として扱った。
その多層的な技法を可能にした最大の要因が、友人であるイタリア人画家ルイジ・キアリーヴァが開発した「秘密の定着液(フィキサチーフ)」の存在である。通常の定着液はパステル特有のビロードのような質感や色彩の鮮やかさを暗く沈ませてしまうが、キアリーヴァの製法による定着液は、マットな外観と色の純度を保ったまま顔料を固定できた。ドガはこの定着液を層ごとにスプレーすることで、下の色を物理的に保護しながら、その上にまったく異なる補色を擦り付けることを可能にした。これにより、油彩のグレーズ(透明描法)に近い視覚的な混合効果を、乾いたパステルで実現したのである。
さらにドガは、パステルを沸騰した湯の蒸気に当てて軟化させてから紙に押し付けたり、スティックを完全に粉砕して水やアラビアゴムと混ぜ、筆で泥のように塗る「パステル・ア・ロー」といった過激な手法も用いた。ティッセン=ボルネミッサ美術館が所蔵する《婦人帽子屋にて》の技術研究では、蛍光X線分析によって、帽子や衣服の一点から実に多様な元素が検出された。これは、ドガがパレット上で色を混ぜるのではなく、異なる色のストロークを網目のように幾重にも重ね、鑑賞者の網膜上で色を混ぜ合わせる「光学的混合」を行っていたことを、科学的に裏づけている。
ダークフィールド・モノタイプ ── 黒から光を彫り出す
1876年頃から、ドガは版画家マルスラン・デブータンの影響を受け、モノタイプ(単刷り版画)の制作に没頭するようになる。金属板にインクや油彩を塗り、プレス機で紙に転写するこの技法において、彼は特に「ダークフィールド(暗視野)」と呼ばれる手法を好んだ。
ダークフィールドとは、版面全体を黒いインクで覆い尽くし、そこから筆の柄、布切れ、あるいは自分の指を使ってインクを「拭き取る(減算する)」ことで、ハイライトと形態を暗闇から浮かび上がらせる技法である。これは視覚以上に触覚を優先するプロセスであり、暖炉の火、ランプ、劇場のフットライトといった人工照明を表現するのに最適だった。カフェ・コンセールを描いた《アンバサドゥールのカフェ・コンセール》のような作品では、ガス灯に下から照らされる歌手の姿が、闇のなかから鮮やかに立ち上がる。
さらにドガは、一枚のモノタイプ版を一度だけでなく、二度、三度と連続してプレス機に通し、徐々にインクが薄れていく「コグネート(同族版)」を作成した。最初に刷られた濃いものはそのまま版画として残し、二度目以降の幽霊のように淡くなったインクの跡を「トーンの地図」として下敷きにし、その上から鮮やかなパステルで大胆に加筆した。この版画とパステルを掛け合わせる手法は、彼の連作的な思考プロセスの核心をなしている。
後期パステルと断片の美学 ── 支持体を継ぎ足す
1890年代以降、ドガの視力が著しく低下するにつれて、彼のパステルのストロークはより太く、抽象的で表現主義的なものへと変わっていった。学術誌に掲載された研究が指摘するように、後期の浴女(Bathers)の連作において、ドガは作品の物理的な支持体そのものに介入しはじめる。
彼は、描画の途中で空間が足りなくなると、紙の余白に別の紙片(トレーシングペーパーなど)をピンで留めたり継ぎ足したりして、画面の領域を物理的に拡張していった。継ぎ目の上にパステルを塗って滑らかに繋ぐこともあれば、あえてハイライトを継ぎ目で断ち切り、紙の「亀裂」や「不連続性」を視覚的に強調することもあった。この「断片(フラグメント)」のつなぎ合わせは、単一で完全な「タブロー(絵画)」という古典的な幻想を壊し、鑑賞者の注意を作品の物質的・物理的な構造へと引き戻す、きわめて現代的な試みだった。
視力の衰えは、細部の緻密な描写を不可能にした。しかしその代わりに、燃え上がるような色彩と、幾重にも重ねられた荒々しいハッチングが画面を満たすようになる。太い線と強烈な色の対比は、20世紀のフォーヴィスムや表現主義を予告するものであり、ドガの作品はここで、19世紀のアカデミズムと20世紀の前衛芸術とを結ぶ橋になった。
科学が暴く隠れた肖像 ── シンクロトロンが復元したもう一つの顔
近年の非破壊分析技術の飛躍的な進歩により、ドガが用いた顔料の化学組成や、カンヴァスの下に隠された制作の初期段階が次々と解明されている。その最も劇的な成果が、オーストラリアのビクトリア国立美術館(NGV)が所蔵する《女性の肖像》(1876–80年頃)をめぐる調査である。
この作品では、経年劣化で油彩の隠蔽力が低下した結果、女性の顔に黒ずんだ変色が浮き出し、下層に描かれた別の人物像が透けて見える「ペンティメント(描き直し)」の現象が起きていた。2016年、研究チームはオーストラリア・シンクロトロン(粒子加速器)を用いた蛍光X線分析を実施する。従来のX線ではドガの薄い絵具層を捉えきれなかったが、シンクロトロンの強力なX線ビームによって、絵具に含まれる金属元素の分布を60マイクロメートル単位で特定することに成功した。
33時間のスキャンと3160万画素の解像度で得られた元素分布から、色彩をデジタル復元した結果、表面の絵の下に、上下逆さまに描かれた若い女性の肖像がフルカラーで出現した。顔立ちの比較から、この隠されたモデルは、ドガが1860年代末に頻繁に起用したエマ・ドビニーであると推定された。さらに、ドガが彼女の耳を最初はエルフのように尖らせて描き、後に一般的な形へ直した筆の痕跡までが確認されている。天才画家の試行錯誤の過程が、科学の力によって可視化されたのである。同様のX線調査は、《ダンス教室》のような作品でも大幅な描き直しを明らかにしており、完成後もなお変化を続けるドガの制作の本質を、私たちに突きつけている。
顔料と色彩 ── ヴィリジアンという透明な緑
色彩学の観点において、ドガは「ヴィリジアン(Pigment Green 18)」を革新的に用いた画家の一人である。19世紀半ばまで、鮮やかな緑を得るためには、銅とヒ素を主成分とする「エメラルドグリーン(花緑青)」が広く使われていた。しかしこれは毒性が高く、化学的にも変色しやすい致命的な欠点を抱えていた。
これに対し、1838年に合成された水和酸化クロムであるヴィリジアンは、耐光性と化学的安定性に優れ、青みがかった透明感のあるクール・トーンを呈した。初期は高価だったが、1860年代以降に価格が下がると、ドガはこの顔料の「透明性」に注目した。彼はヴィリジアンを用いて、下層の暖色を透かして見せるグレーズ(薄塗り)を行い、バレエのチュチュの軽やかな質感、劇場の人工光による微妙な空気感、そして室内の深い陰影を表現した。
この色彩の探求は、前章で見た光学的混合の手法と分かちがたく結びついている。ドガにとって色とは、パレット上で混ぜ合わせる完成した物質ではなく、透明な層の重なりと、鑑賞者の眼のなかで起こる混合とによって、はじめて立ち上がる現象だった。《婦人帽子店》の緑のドレスや、無数の踊り子たちのチュチュに、その繊細な色の設計を見ることができる。
写真とマイブリッジ ── 連続写真が変えた運動の描き方
1870年代以降、ドガの馬や人間の動きの表現に決定的な革命をもたらしたのが、イギリス出身の写真家エドワード・マイブリッジによる連続写真(クロノフォトグラフィ)の実験である。
マイブリッジの《動物の運動》などの写真により、肉眼では捉えきれないギャロップ中の馬の脚が、特定の瞬間に「4本とも宙に浮き、腹の下に集まる」ことが科学的に証明された。それまでの絵画では、馬が前脚と後ろ脚を前後にピンと伸ばして跳躍する「フライング・ギャロップ」の姿で描かれるのが常識だった。ドガはマイブリッジの写真を熱心に研究し、自らの彫刻や絵画における解剖学的な不正確さを修正するとともに、人間の身体が重力や遠心力とどう作用し合うのかを執拗に追求した。
ドガにとって写真は、対象を写し取るための単なる資料ではなかった。それは「人間の視覚の限界」を越え、肉眼では決して見えない一瞬を捉えるための科学的な道具だった。競馬場やジョッキーを描いた一連の作品には、この連続写真の知見が、洗練された運動の描写となって結晶している。
『14歳の小さな踊り子』 ── スキャンダルと、死後の鋳造をめぐる論争
1881年の第6回印象派展で展示された唯一の彫刻《14歳の小さな踊り子》は、パリの美術界を震撼させた。伝統的な大理石やブロンズではなく、解剖学や人類学の標本を思わせる着色された蜜蝋で作られ、本物の人毛で作ったかつら、木綿のボディス、チュチュ、そしてリネンのバレエシューズを身につけていたからである。
批評家ポール・マンツは、この少女の顔を「早熟な堕落の花」と呼び、激しく非難した。背景には、当時のオペラ座の下層階級の踊り子たちが富裕な男性パトロンの搾取の対象となっていた現実がある。さらにドガは、当時流行したチェーザレ・ロンブローゾの「犯罪人類学(骨相学・観相学)」に関心を抱いており、下層階級特有とされた顔立ちを意図的に強調して造形したと指摘されている。彼は美化された理想像を拒み、冷酷なリアリズムで都市の暗部を提示したのである。ワシントン・ナショナル・ギャラリーの修復調査では、この彫刻の内部の芯組みに、古い絵筆やロープ、コルク材が構造材として再利用されていることがX線でわかっており、ドガのブリコラージュ的な制作の生々しさを伝えている。
ドガの死後、アトリエからは崩れかけた蝋や粘土の彫刻が150点近く発見された。遺族はエブラール鋳造所の職人アルビーノ・パラッツォーロに依頼し、73点のオリジナルからブロンズへの鋳造を行わせた。ところが近年、ヴァルスアニ鋳造所で「未知の石膏型」が発見され、そこから新たなブロンズ像が鋳造されたことで、美術界を二分する真贋論争が起きている。「彫刻のオリジナルとは何か」という根源的な問いを、ドガの作品は死後もなお投げかけ続けている。
『コンコルド広場』 ── 空白の政治学
エルミタージュ美術館が所蔵する《コンコルド広場》(1875年)は、ドガの構図の妙と、数奇な歴史的運命を背負った傑作である。画面には、友人リュドヴィック=ナポレオン・ルピック子爵とその二人の娘、そして犬が広場を横切る様子が描かれる。彼らは画面の右下へと歩き、左には見知らぬ背の高い男性が画面の端で断ち切られるように配置されている。中央には広大なネガティブ・スペース(空白)が広がり、写真のスナップショットや浮世絵の影響を強く感じさせる遠心的な構図となっている。
美術史家の研究によれば、この奇妙な空白には深い政治的な寓意が込められている。ルピックのシルクハットの背後には、本来そこにあるべき「ストラスブールの像」が意図的に隠されている。ストラスブールは、普仏戦争(1870–71年)でフランスがプロイセンに割譲したアルザス=ロレーヌ地方を象徴する都市であり、当時この像は喪に服して黒い布で覆われていた。ドガは、敗戦と内戦という国家のトラウマを直接描くことを避けつつ、人物同士の視線が一切交わらない都市の疎外感と、構図の分断によって、第三共和政下の不安定な社会を暗示したのである。
さらにこの作品は、その所有の歴史においても戦争の暴力を背負った。ドイツの実業家オットー・ゲルステンベルクのコレクションだった本作は、第二次世界大戦末期にベルリンへ侵攻したソビエト赤軍によって略奪され、秘密裏にソ連へ送られた。以後、約半世紀にわたり「戦争で焼失した」と考えられていたが、1995年にエルミタージュ美術館の「隠された至宝」展で突如公開され、世界を驚かせた。作品が背負う運命そのものが、20世紀の歴史を映している。
『綿花取引所』と『アブサン』 ── 労働へのまなざしと、受容の物語
1872年末から翌年にかけ、ドガは母の親族を訪ねてアメリカのニューオーリンズに滞在した。その際に制作されたのが《ニューオーリンズの綿花取引所》(1873年)である。一見するとありふれたオフィスの風景だが、実際にはドガの親族のグループ肖像画であり、手前で綿花の品質を検査するのは叔父のミシェル・ムッソン、新聞で相場を読むのは兄弟のルネである。印象派の画家たちが屋外の陽光や余暇の風景を描くことに注力していたのに対し、ドガは「労働」「商業活動」、そして近代資本主義のメカニズムを、客観的かつ冷徹な視点でカンヴァスに定着させた。この作品は1878年にポー美術館に買い上げられ、ドガの作品として初めて公的コレクションに収蔵されるという記念碑的な役割を果たした。
労働と近代への冷徹なまなざしは、都市の孤独を描いた《アブサン》(1875–76年)にも通じている。カフェ「ヌーヴェル・アテーヌ」を舞台に、女優エレン・アンドレと版画家マルスラン・デブータンが並んで座りながら、視線を交わさない。女性の前には、幻覚作用があり後に禁止される強い酒アブサンが置かれている。この作品は制作から十数年後の1893年、ロンドンのグラフトン・ギャラリーで展示された際に、保守的なヴィクトリア朝の道徳観から「不道徳の極み」として激しい非難を浴び、「アブサン論争」を引き起こした。しかしこの議論は、結果的にイギリスで「芸術のための芸術」を擁護する前衛美術運動の契機ともなった。作品は、描かれた時代だけでなく、それが受け取られた時代の価値観をも映し出す鏡なのである。
主要作品一覧
本記事で扱った作品を中心に、各所蔵館のオープンアクセス等で画像が公開されている代表作を一覧化した。所蔵・公開元は主要な公開先の一例である。制作年には諸説があり、一般的な推定年を用いている。
| # | 作品名 | 制作年 | 形式・技法 | 特記事項 | 所蔵・公開 |
|---|---|---|---|---|---|
| 01 | 舞台袖の黄色い踊り子たち(Yellow Dancers, In the Wings) | 1874–76年 | 油彩/カンヴァス | 舞台袖の視点、浮世絵風のトリミング | シカゴ美術館 |
| 02 | 浜辺の情景(Beach Scene) | 1869–70年頃 | エッセンス/紙 | パンチュール・ア・レサンスの代表例 | ナショナル・ギャラリー(ロンドン) |
| 03 | 婦人帽子店(The Millinery Shop) | 1879–86年 | 油彩/カンヴァス | 光学的混合、ヴィリジアンの緑 | シカゴ美術館 |
| 04 | 婦人帽子屋にて(At the Milliner’s) | 1882年 | パステル/紙 | ティッセン美術館の技術研究対象 | ティッセン=ボルネミッサ美術館 |
| 05 | アンバサドゥールのカフェ・コンセール | 1876–77年頃 | パステル+モノタイプ | 人工光、ダークフィールドの発想 | リヨン美術館 |
| 06 | 湯浴みのあと、身体を拭く女(After the Bath) | 1890–95年頃 | パステル/紙(継ぎ足し) | 支持体の拡張、断片の美学 | ナショナル・ギャラリー(ロンドン) |
| 07 | 女性の肖像(Portrait of a Woman) | 1876–80年頃 | 油彩/カンヴァス | シンクロトロンが隠れた肖像を復元 | ビクトリア国立美術館(NGV) |
| 08 | 扇面:バレエ(Fan Mount: The Ballet) | 1879年 | 金属粉・絵具/絹 | 銀・真鍮粉、日本の漆器を思わせる | メトロポリタン美術館 |
| 09 | 競走馬(Race Horses) | 制作年に諸説 | 油彩ほか | マイブリッジの連続写真の研究を反映 | メトロポリタン美術館 |
| 10 | 14歳の小さな踊り子(Little Dancer Aged Fourteen) | 1878–81年 | 着色蜜蝋・混合素材(後にブロンズ) | 生前唯一公開した彫刻。死後の鋳造論争 | ワシントン・ナショナル・ギャラリーほか |
| 11 | コンコルド広場(Place de la Concorde) | 1875年 | 油彩/カンヴァス | 空白の構図、政治的寓意、略奪の歴史 | エルミタージュ美術館 |
| 12 | ダンス教室(The Dance Class) | 1874年 | 油彩/カンヴァス | X線調査で大幅な描き直しが判明 | メトロポリタン美術館 |
| 13 | ニューオーリンズの綿花取引所(A Cotton Office) | 1873年 | 油彩/カンヴァス | 初の公的コレクション収蔵作 | ポー美術館 |
| 14 | アブサン(L’Absinthe) | 1875–76年 | 油彩/カンヴァス | 1893年ロンドンで「アブサン論争」 | オルセー美術館 |
メディアの境界を解いた技法の一覧
| 技法・素材 | 内容 | 作品への効果 | 代表的な作例 |
|---|---|---|---|
| パンチュール・ア・レサンス | 油絵具から油分を抜き、テレビン油で溶く | マットで水彩のような質感、素早い重ね塗り | 浜辺の情景 |
| 多層パステル(定着液・蒸気) | キアリーヴァの定着液を層ごとに噴霧、蒸気で軟化 | グレーズに近い視覚的混合、鮮やかさの保持 | 婦人帽子屋にて |
| 光学的混合 | 異なる色を網目状に重ね、網膜上で混ぜる | パレット混色にない色の深みと震え | 婦人帽子店 |
| ダークフィールド・モノタイプ | 黒く覆った版から指や布でインクを拭き取る | 人工光・触覚的な光の表現 | カフェ・コンセール |
| コグネート+パステル | 薄れた同族版を下敷きに加筆 | 版画とパステルの掛け合わせ、連作的思考 | 舞台の歌手たち |
| 支持体の継ぎ足し | 紙片をピンで留め画面を拡張 | 断片の美学、物質性の強調 | 後期の浴女連作 |
| 蜜蝋・混合素材の彫刻 | 蝋に本物の衣装・人毛、廃材の芯組み | 生々しいリアリズム、触覚的な身体研究 | 14歳の小さな踊り子 |
非破壊調査で判明した主な発見
| 作品 | 調査・技術 | 明らかになったこと |
|---|---|---|
| 女性の肖像(NGV) | シンクロトロン蛍光X線分析(2016年) | 絵具の下に上下逆さまのエマ・ドビニーの肖像をフルカラー復元、耳の描き直し |
| 婦人帽子屋にて(ティッセン) | X線・XRF分析 | 未精製のレイド紙の素材、一点から多様な元素=光学的混合の証拠 |
| ダンス教室(メトロポリタン) | X線調査 | 中央の教師や手前のダンサーの配置を大幅に描き直し |
| 14歳の小さな踊り子(NGA) | X線画像 | 内部の芯組みに古い絵筆・ロープ・コルクを再利用 |
ドガが用いた主な顔料
| 顔料 | 特性 | ドガの用い方 |
|---|---|---|
| ヴィリジアン(水和酸化クロム) | 耐光性・安定性に優れ、青みの透明な緑 | 暖色を透かすグレーズ、チュチュや陰影の表現 |
| エメラルドグリーン(花緑青) | 鮮やかだが毒性が高く変色しやすい | 19世紀半ばまでの緑。ドガはヴィリジアンへ移行 |
| コバルト系(コバルトブルー等) | 安定した青 | 隠れた肖像の肌の陰影などで検出 |
| ヴァーミリオン(朱/水銀系) | 鮮やかな赤 | 唇や血色の表現で検出 |
| 鉛白・亜鉛白 | 下地・ハイライト・厚塗り | 準備層と明部の描写 |
図版クレジット一覧
ドガの作品は著作権保護期間を満了し、パブリックドメインにあります。ただし、作品を撮影・デジタル化した画像データの利用条件(PD-Art/CC0/CC-BY-SA 等)はファイルごとに異なります。メトロポリタン美術館やシカゴ美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリーはオープンアクセスで高解像度画像を公開していますが、各機関のポリシーおよびWikimedia Commonsの各ファイルページの表記に従ってください。商用利用の際は、必ず個別に確認することを推奨します。
| # | 使用章 | 種別 | Commons ファイル名 | 内容 |
|---|---|---|---|---|
| 01 | ヒーロー | 油彩 | File:Hilaire Germain Edgar Degas – Yellow Dancers (In the Wings) – 1963.923 – Art Institute of Chicago.jpg | 《舞台袖の黄色い踊り子たち》1874–76年(シカゴ美術館) |
| 02 | q1 | エッセンス | File:Edgar Germain Hilaire Degas 041.jpg | 《浜辺の情景》1869–70年頃(ナショナル・ギャラリー) |
| 03 | q2 | 油彩 | File:Edgar Degas – The Millinery Shop – Google Art Project.jpg | 《婦人帽子店》1879–86年(シカゴ美術館) |
| 04 | q3 | パステル+モノタイプ | File:Degas – Café Concert – at Les Ambassadeurs 1876-77.jpg | 《アンバサドゥールのカフェ・コンセール》1876–77年頃(リヨン美術館) |
| 05 | q4 | パステル | File:After the Bath, Woman drying herself – Edgar Degas – National Gallery.jpg | 《湯浴みのあと、身体を拭く女》1890–95年頃(ナショナル・ギャラリー) |
| 06 | q6 | 扇面(金属粉・絹) | File:Fan Mount- The Ballet MET DT241540.jpg | 《扇面:バレエ》1879年(メトロポリタン美術館) |
| 07 | q7 | 油彩ほか | File:Race Horses MET DP131000.jpg | 《競走馬》(メトロポリタン美術館) |
| 08 | q8 | 彫刻(ブロンズ) | File:Edgar Degas, Little Dancer Aged Fourteen, 1878-1881, NGA 110292.jpg | 《14歳の小さな踊り子》1878–81年(ワシントン・ナショナル・ギャラリー) |
| 09 | q9 | 油彩 | File:Edgar Degas Place de la Concorde.jpg | 《コンコルド広場》1875年(エルミタージュ美術館) |
| 10 | q10 | 油彩 | File:Edgar Germain Hilaire Degas 016.jpg | 《ニューオーリンズの綿花取引所》1873年(ポー美術館) |
REFERENCES / 出典参考文献
技法・素材・保存
- Hilaire-Germain-Edgar Degas | Beach Scene — The National Gallery, London
- Edgar Degas. “At the Milliner’s”. Technical study of a pastel — Museo Thyssen-Bornemisza
- Degas and the secret of his pastels — Museo Thyssen-Bornemisza
- Edgar Degas’s Experiments in Pastel and Watercolor — National Gallery of Art
- Monotypes — Clark Art Institute
- Touch and Vision in Edgar Degas’s Darkfield Monotypes — ResearchGate
- Degas in Pieces: Form and Fragment in the Late Bather Pastels — 19th-Century Art Worldwide
科学的分析
- A Hidden Portrait by Edgar Degas — Scientific Reports (Nature)
- How we used a particle accelerator to find the hidden face in Degas’s Portrait of a woman — The Conversation
- Edgar Degas’s Portrait of a woman — National Gallery of Victoria
逸話・社会史・作品
- The Dance Class — The Metropolitan Museum of Art
- Place de la Concorde(Degas) — Wikipedia
- A Cotton Office in New Orleans — Wikipedia
- L’Absinthe — Wikipedia
- Yellow Dancers (In the Wings) — The Art Institute of Chicago
画像(Wikimedia Commons 主要ファイルページ)
- File:Hilaire Germain Edgar Degas – Yellow Dancers (In the Wings) – 1963.923 – Art Institute of Chicago.jpg
- File:Edgar Germain Hilaire Degas 041.jpg
- File:Edgar Degas – The Millinery Shop – Google Art Project.jpg
- File:Degas – Café Concert – at Les Ambassadeurs 1876-77.jpg
- File:After the Bath, Woman drying herself – Edgar Degas – National Gallery.jpg
- File:Fan Mount- The Ballet MET DT241540.jpg
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- File:Edgar Degas Place de la Concorde.jpg
- File:Edgar Germain Hilaire Degas 016.jpg
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